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嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(イヤなオトコ)

8月4日

順調。

すっかりバイトには慣れたし、ショールームの営業マンとも仲良くなった。

唯一の問題は暇すぎる事。

あまりにも暇やから、試飲用のコーヒーをショールームの前で配って案内しようと考えた。

車屋さんのほうの責任者の高橋さんに相談してみると
だったら営業マンも一緒に立たせてパンフでも配らせよう、と軽くOKしてくれて決定。
そこまでは先週の話。

今日はそれを実行に移すべく、アレグロ・ヴィバーチェ本店から
ミニの紙コップを搬入してあった。

ショールームにほとんどお客様は来ない午前中に立ってみることにした。
サーバーにたっぷりコーヒーを淹れて試飲の準備をする。

客回りが悪過ぎるわ。
気軽に入ってもらえる雰囲気がないと。

こっちにしたら、テイクアウトに立ち寄ってくれるだけでも
ずいぶん売り上げになる。

ちょっとメイクのチェックをして『臨戦態勢』を整えた。

「清水さーん、行けますか?」

声をかけてきたのは、このショールームでも若い方の営業さんやった。
『後腐れがない』と『結婚しててもOK』とか簡単に言う人でどうも苦手なタイプ・・・・。

「はい、行きます。」

カウンターから出て一応『Close』の札を出しておく。

「重いでしょう?それ。」

自分もパンフレットを持っているのに、その営業さんはさっさとコーヒーサーバーを持ってくれた。
助かるけど、なんかやっぱりナンパな感じ。

「大丈夫です。試飲の間は自分で持ちますし。」

「だったら今は男に持たせておけばいいじゃん。」

一歩職場から離れるとガラっと態度変わるんよね、この人。

「ラッシュの時間過ぎてるから、そんなに人いないね。」

「そうですね・・・。」

なんか間が持たへんー。

「あ、女の子だ。」

女性のグループにさっさと近づいて、パンフを渡しながらこっちへ連れてくる。

「ショールームの中にコーヒースタンドがあるんですよ。
試して見てください。」

「ええんかなぁ。」
20代前半って位の3人組は遠慮気味に言いあってた。

ようし、チャンスと近づいて行ってオススメする。

「どうぞ。後にショコラフレーバーが残る香りのしっかりしたコーヒーです。
中でカプチーノや他のメニューもご用意していますので是非お立ち寄り下さい。」

「でもさぁ、3ナンバーの車しか置いてないんやろー。
めっちゃ場違いーで入りにくいよね。」

「わかるー。飲み物だけ買いに行くんもなぁ、って感じ?」

「マ・ダームになってからいらっしゃーいって?」

やっぱりそうやんなぁ。
ウチでもあそこにコーヒー買いにってよう入らんわ。

「将来、あなたが助手席に座る車です。気軽に下見に来てください。」

「きゃあ。オニイサンおもろいー!!」
「ありえへんってー。」

キザぁー・・・・・何、言うねんな。このナンパ師。

「冗談じゃないですよ、皆さんそれだけキレイだったら絶対玉の輿ですよ。」

そこからこのナンパ営業・飯田は3人を絶妙のトークで誘導して、
とうとうショールームへ連れて入ってしもた。

一人になってほっとする。

ああ言う人キライ。
でもあんな人にお世辞言われてキャーキャー喜ぶ子もあほみたい。

静かになったところで安心して試飲を配った。

思ってたより難しい。
コーヒーもらえてラッキーって感じで飲んで行く人もおるけど
声かけられんように距離を取って歩く人が結構おる。

「ふーん。やっぱり女受け悪いね、清水さん。」

「え?」

さっきの女性のお客様はどうしたんか、飯田さんはすぐに戻ってきた。

「彼女たちは今、別の営業が案内してる。
15分くらいしたら清水さん、店に戻って飲み物だして。」

「あ・・・はい。」

どう言う意味?女受け悪いって。

「前から思ってたんだけどさ、清水さんて男好きするタイプなんだよね。
かわいいし、モテるでしょ?」

「全然そんなことないですよ。」

「ふーん。同性の友達っている?ママ友とか。」

「ママ友は、引っ越して来たばっかりでまだそんなに仲いい人いませんけど
学生時代の友達とかちゃんといますよ、失礼やわぁ。」

ムカつきながらも笑っておいた。

「引っ越してきたの?いつ?」

「いつって・・・・1年くらい前ですけど。」

なんでいちいちそんな事言わなあかんのんな。
一年たって友達おらんのが悪いって言いたいんか?

「なんていうかさぁ。女の人からは敬遠される感じがする。
やっかみもあるだろうけど、清水さん、ガード固そうだから。」

「そうですか?気をつけまーす。」

って!!何でそんなん言われるんよ。イヤな人。

これ以上聞いてたら怒ってるんが顔に出そうやから早めに店の方に戻った。

さっきの女の子たちが左ハンドルの助手席に座ってみたりして
高すぎる、とかいいながらまんざらでもない声を出していた。

「ローン金利も2.8%まで頑張りますよ?」

「むりむりー。こんなとこ入るだけでごめんって感じやのにー。」

「でもさっきのオニイサン、受けたよなー。」

「あなたの将来の助手席って?あれ寝やんと考えたんかなぁ。」

「ありえるぅー。」

きゃははは、とこのショールームには珍しい女の子の笑い声が響いた。

「あー、さっきの人や。もう飲み物行けるんかなぁ。」

こっちをチラチラ見てる。

「どうぞ。」

そう声をかけてみても彼女たちはすぐには来なかった。

案内をしていた営業マンが促して一緒に来る。

「オシャレやなぁ、こんなトコにカフェって。」

「何オーダーしてもいいの?」

「はい、当店のサービスとしてご用意させて頂いてますので。」

と、営業マンは彼女たちにチケット見せてシステムを説明した。

「中で召し上がられますか?テイクアウトでもご用意できますけど。」
ウチはメニューをリーダーっぽい女の子に渡して、注文を待った。

「えー、どうしよー。」

「商談ちゃうのにあっちって座りにくいよなぁ。」

「ははは。どうせ他のお客様もいらっしゃいませんし、ゆっくりなさってください。」

営業マンがすすめても彼女たちはなかなか踏ん切りがつかない。

「ここにさぁ、スツールあったらええのになぁ。」

一人の女の子が言う。

そっか。こう言う車買う気のない人は、商談デスクに座るのに抵抗あるんや。

「どうするー?」

結局彼女たちはアイスラッテをテイクアウトして帰って行った。

他に誰も入ってくる気配もないし、仕方ないから
ウチはまたショールームの外の試飲に立値に行く事にしようと思った。

外では飯田さんがパンフと一緒にコーヒーも配ってくれてる。

優しいんやろうけど・・・なんかあの人と一緒に立つん面倒な気分。

今の女の子たちから敬遠されてたんかなぁ、ウチ。

「女性のお客さんていいですよねー。」と
今までその応対をしていた営業さんが声をかけてきたから、聞いてみた。

「私って、とっつきにくい感じします?」

「なんでですか?」

「今のお客様、声かけても来てくださらなかったから・・・。」

「あぁ、僕のチケット待ってたからでしょ。」

・・・・はは。なぁんや、そうかぁ。

飯田めぇ、あんなん言われたから気にしてもうたやん。

「どうしたんですか。」と、その子が聞いてくれた。

「ううん。ちょっと。試飲配ってたら結構冷たくスルーされるでしょ。
それでヘコんでただけ。ありがとう。」

今日の日記のネタはヤツやな。

そうや、スツールの話。須賀ちゃんにしてみよう。

それから昼まで、飯田さんと試飲に立った。
さっきの「女に嫌われる清水さん」の話のはなくって逆に拍子抜け。
まぁどっちでもええけど。

お客さんは何人かは入ってくれたものの、当然車が売れたりする事はなく
飲み物もチケットでショールームが代金を持つ分が出ただけでオシマイ。

これってかなり値引きさせられてるらしい。

現金売りのんじゃないと儲かれへんのにー。

ムシされてしんどい思いするほどの効果はないかもなぁ。

作戦失敗や。

でも多少人が入った事で高橋マネージャーは気に入ったみたい。
たまに試飲会やってよ、って言われてしもた。

飯田さんじゃなかったらいいですよー、とは言えんかった。

*

20時までがショールームの営業時間。

カフェは19時まで開けておくように言われていたけど、
マネージャーの判断でウチの入ってる日は17時半で閉めていいことになってた。

平日で客入りもそれほどでもないし、ショールーム側の責任者がいいって言うならと
店長の須賀ちゃんも了解してくれてウチは先々週から早く帰れてる。

暇で儲からんのは心配やけど、これは嬉しい。

もっと喜んだのは貴信やった。

夕飯を一緒に食べて、二人で奏人のお風呂をいれて
早々と寝かせてしまうと、それからDVDなんかを見て過ごした。

須賀ちゃんが貸してくれた戦隊モノが妙にツボにハマったらしい。

『なんか面白い事あった?』って聞くばっかりやったころと違うて
お互いに話題があるから話しやすくなってよかった、って言われた。

「そうや。ウチって女に嫌われる女やねんてー。」

「なに?トラブッたの?」

「ううん、営業の人に言われてん。男好きするけど女の人には敬遠されるって。」

「あぁ、わかるなぁ。」

「え!なんで。自慢じゃないけど人当たり悪くないはずやで。」

「うーん。しいて言うなら鉄壁の笑顔っての?
笑顔でガードかためてる感じ。」

「そんな事ないやろー。そらちょっと話下手やし、ノリノリで入っていくタイプちゃうけど。」

「いいじゃん。男受けはするんだろ?オレも好きだしー。」

言いながら、腰に手を回して更に抱きついてきた。

・・・今日もするんかぁ。

貴信はバイトの日の夜に必ずスルようになった。

ただ会社が休みで、時間も体力も余裕あるからするのか。
出産前後はオアズケやったんが解禁になったからしたいのか。
それとも子供が欲しいのか。

つけて、って頼んでも3回に1回位はいいじゃんって言われてしまう。

2人目作ろうって言われた事もあったけど、ホンマに本気なんかようわからん。

バイトはできれば辞めて欲しいと思ってるみたいやった。

だからウチを家に引き止めるために、子供作ろうとしてるようにも取れる。

でも奏人が生まれてから、ウチの方はあんまりセックスしたくないと思うようになってた。

キタナイ、って言うかケモノっぽい感じが受け入れられへん。

だってママやのにって思うやん。

でも受け入れへんかったら・・・バイト行かしてもろてるしって。
昼間の子守のお礼みたいな気持ちでウチは貴信に抱かれてた。

好きは好きやけど、レンアイじゃなく家族のスキになってる。

それって倦怠期?

ベッドで目を閉じてソレっぽい声を作りながら終わるのを待つ。

こんなんやったら、そらキモチよくないよなぁ。

8月6日

朝のうちはまだ涼しい。
奏人を連れて公園へ行った。
あんぱんまんの砂遊びセットがお気に入り。

よくみかけるママグループに
一緒に遊ばせてもらっていいか聞いて
そのまま喋った。

8月7日

今日も公園。
プールに誘われた。

ほら見ろ、飯田め。

8月11日

今週は休み。
かわりに来週二回。

奏人、13日は奈良。

8月13日

休日に入ったせいか、お客様は多かった。
アイスの飲み物が多く出る。
お盆の間は氷を増やしてもらったほうがいいと、須賀店長にメールしておいた。

ダンナさんが商談してる間、時間を持て余した奥さんが子供さんを連れて
お菓子を見に来たりして、先週用意してもらったスツールも役に立った。

これはまぁまぁ。
でも子供には不便・・・ほとんど子供なんか来やんけど。

一人で座った奥様もいた。
退屈そうにケータイを見てる。
ちょっと清水のお義母さんに似たキツイ感じの人。
二人で差し向かい状態になると、なんか気ぃ使う・・・。

そうや。

「これ、よろしければどうぞ。」

昼休みに読もうと思って買うてきた雑誌を出してみた。

「まぁ、これ初めて読むわぁ。
 何買うたらええかわからへんで、いつも婦人画報ばっかりやの。」

自慢?・・・それって一冊1,000円位するヤツやんなぁ。

別に悪気はなかったらしく、レシピのページを真剣に読みはじめた。

ふーん、そりゃあ珍しいでしょ?
『今夜のおかず・ひき肉バラ肉使いまわし』なーんて記事。

こう言うお客さんが基準のショールームなんやなぁ、と改めて思う。

駅からショッピングモール通って外に出る時、
一階の半分の面積を占めてるガラス張りのこの店は、必ず目に入るはずやのに。

これでやっていけるんかなぁ、『Allegro』。
あっさり赤字撤退になって、ウチも失業したりして。

でも今日はウチがバイトに入って初めてって言うくらい
客入りが良くて18時になってもオーダーが入った。

高橋マネージャーに『ごめん』とわざわざ言いに来られたらしゃあない。
頑張って、ぎりぎりの19時近くまで営業した。

その分帰りしなに買っていく人も多くて、売上げの方はいい感じ。

毎回こうやったらええのにな。

現金を合わせながらそう思った。

「清水さん、悪かったね。」

と、高橋さんがフォローに来てくれる。

「いいえ、いつも私の勝手で早く閉めさせてもらってるんです。
 こんな日くらい頑張らないと。」

「へぇ、自分で買うてった人もわりかしおったんや。」

ひょいっとカウンター越しに、現金を数えてるうちの手元をのぞく。

「あのカップを見せたいからって買って行く人もいらっしゃいましたよ。」

「そう?あれ評判ええか?」

「あの車ですよね、元は。」

ウチは展示してあるスポーツタイプの車を指差した。

「そや、あれ今うちで一番新しい車でな。そのデザイン、わしが言うてんで?」

高橋さんは子供がなんかを自慢するみたいに小鼻を膨らませてる。
嬉しそう、おっちゃんやのに。

「お宅のオーナーにはめちゃめちゃ怒られたけどなぁ。」

そら、こっちの店の宣伝にはなれへんもん。

「オリジナルより、うちの店のカップを回したほうが経費がおさえられるからじゃないですか?」

「せやからこのカップ代のデザイン料と版下代、全部コッチ持ちや。
 しっかりしとんで、あのオーナー。」

「あはは。」

そらそうや、と思うたけど笑っといた。

「せやけどな、これ見て。」

高橋マネージャーは紙カップと同じデザインのタンブラーとマグカップを出してきた。

「どや?試作品なんやけど。」

「へぇ、かっこいいですねー。車好きな人やったら欲しいかも。」

特にタンブラーの方は、店で使ってるカップと大きさが近くてデザインに無理がない。
表面の樹脂部分にステンシルで車の名前のロゴが入ってる。

「黒いのもあるんや。」とモノトーンのタイプも紙袋から出して来た。

「どれがエエと思う?」

「そうですね・・・私はタンブラーのほうが。
 色はどっちもいいですけど、インパクトがあるのは赤ですよね。」

「そうかぁ、ほんなら赤いのん清水さん持って帰り。」

「ええ?」

「黒いのも持っていくか?ダンナさんに。」

「・・・って、これ?」

「決算の景品にすんねん。
 ウチは値引きやらはせんからなぁ。」

「あぁ、そうなんですかぁ。」

「ほんでな、多分余ると思うんや。
 せやから決算終わったら残りココへ置いて売ってもらおう思て。
明日、須賀さんからオーナーにこれ持って行ってもらうねん。」

「だったら頂いたら。」

「かめへん、なんぼか作ったから。
 それよりそれ、オーナーがあかんて言うたらマボロシのタンブラーになるかも知れんで。
 プレミアつくから持っとき。」

「ありがとうございます。」

多分、持って帰ったら貴信は喜ぶやろう。
素直にもらっておく事にした。

*

お盆休みの今日、貴信はさすがに休みじゃなかった。
奏人は実家で預かってもらってる。
ウチは一旦自転車で家に帰り、奈良に向かうのに車に乗り込んだ。

あ、メール。

おかあちゃんから、奏人はエエ子にしてるから急がんでいいって言うのと。

神野君、これは貴信の知り合い。
トヨタに勤めてるのに、なぜかこのスカイラインの持ち主やった子や。

吉田君って言う子と一緒につるんで、たまに家にも遊びに来てくれる。

なんしかコマメで、気が利いてようモテるらしい。

ウチにも時々メールをくれてる位や。

『ショールーム慣れましたか?
 ナンバーに斜線が引いてある車が入ってきたら写メ送ってください。
 ウソ。それは産業スパイでタイホされます。』

最後はニコニコとバイバイの絵文字で終わってた。

『ウソ』の後はハート。
赤とピンクのが2つ揺れてる。
別に深い意味なんかないやろうけど、ちょっとドキっとした。

貴信は絵文字は使えへん。
たまに顔文字あるくらいやし、用事のないときにメールはしてこやんもん。

あの人も付き合ってるときは神野君くらいマメやったのになぁ。
プレゼントなんか結婚してから貰ってないんちゃう?

最近、色んな人と会って喋るようになって
前は見えへんかったもんが見えるようになってきた。

とりあえず。

結婚したら男は雑(ばか?)になる。

子供できたら自分も幼児化する(やっぱりばか?)って言うんはわかったわ。

他愛ない内容のメールを2回くらい交換して、
最後は神野君の方から『じゃあまた』と来て終わりになった。

さーて、一番いとしい彼氏のとこへ行くか、と
ケータイをバッグに戻して車を車庫から出しかけると
プッと軽い合図のクラクションが鳴った。

なに?出たらアカンかった?
ウチは窓を開けてクラクションの車をみた・・・・あ。

「神野君。なんで?」

「こっちへ走ってきたら自転車爆走さしてるの見かけて。
鬼のイキオイでトバしてたでしょ?」

「もー恥ずかしいなぁ。ほんでストーキングしてきたん~?」

「違いますよ。あれ、とっつぁんはまだですか?」

「え・・・一緒ちゃうかったん?」

今日は異業種の人と飲むから、お前は奈良で泊まってもいいって言われてたのに。

そう思ったとたん、ほんのわずかに神野君の眉が動いたように見えた。
見まちがい?

神野君は顔色一つ変えず、いつもと同じ調子で

「迎えに来いって言うから来たんですよぉ、俺。」と言った。

それって・・・ほんま?

聞いてみて、もしそれがウソでも
この子は絶対にウソやって言わへんやろ、優しいもん。

あ。

でもそんな理由でもなかったら、この子がこんなトコに来るはずないか。

あほみたい、考えすぎやな。

「それより自分。運転中やってんやろー。メールなんかしたらあかんやん。」

ウチは話題を変えた。

「いや、ちゃんと信号待ちで送ったんですよ。」

「ほんまに?おまわりさんに捕まんで?」

「せっかく見かけたからメールしたのにぃ。ツレないのね。」

「うわっ、きもー。」

「それにしてもとっつぁん。何やってんでしょうね。」

ほんまや。
ウチも奏人もおらへん日に、どこで誰と何してんやろ?
実は神野君も知っててとぼけてたりしてへん?なんてね。

そんなん言うて引かれてもイヤやからそのまま話し続ける。

「ごめんなぁ。中で待っててもらったらええねんけどウチ、今から出やなあかんし・・・。」

「大丈夫です。来なきゃ置いてきますから。」

ふーん、最初っから何にも約束なんかないんちゃうん?
と、どんどん心の底から黒いものが湧きあがってくる。

「あ、気にしないで行って下さいね。」

「うん、まだちょっとは大丈夫やから・・・。」

貴信の事が気になって行かれへんのはホンマやけど
せっかく会えてんからちょっとだけ喋ってたい、と思ってしまった。

メールのハートに全然意味なんかないのに。

「そうや、これ。」

ウチは今日もらったタンブラーのサンプルを出して神野君に見せた。

「うっわ!なにこれ、スクルドやん!?」

神話の女神の名前の新車がすらっとでてくる。

「すごい、よぉわかるなぁ。こんな絵で。」

さすが車屋さん、メーカー違うても詳しいわ。
ウチなんかどれも一緒に見えるのに。

「車の顔見りゃイッパツですよ、すっげ。どうしたんですか?」

「今の店の紙コップ、オリジナルでみんなこのデザインやねん。
今度、景品でこのタンブラー出るかも知れん。」

「欲っしー!!これ下さい。」

「えー、どうしよー。神野君にあげたら産業スパイなるんちゃうん?」

「もう市場に出回ってる車だから大丈夫っす。
くれやんかったら景品もらえるときに店まで行きますよ。
あ、仕事中の清水さん見れてラッキーやん、それ。」

「いやや、やめてぇや。恥ずかしい。
それにまだ企画やから、景品になるかどうかわかれへんで。」

「おお!そしたらなおさら希少価値が!
おねがいっ、オークション出したりしませんから!」

拝まれてしまった・・・・どうしよ、かわいい。

「しゃあないなぁ。どっちがいい?」

赤と黒、両方見せた。

「2つあんねや。両方とかってダメですか?」

あ。一瞬頭の中が白く光った。

そっか・・・そりゃそうやんね。
あほやなぁ、ウチ。

「か・・・」

「お前ら、何してんだよ?」

彼女?そう聞こうとしたときやった。

もう一回「こんなとこでなにやってんの?」貴信の声がした。

「何って、迎えに来たんですよ。」

「わかってる、お前に聞いてない。
なんで由香子がこんな時間にここにいるの?
とっくに奈良にいるはずじゃないのか。」

明らかに貴信は怒っていた。

理由はさっきのウチと一緒やろう・・・こっそり会ってるって勘違いしてるんや。

「残業で遅くなってん。
車出そうと思ったら、あんたを迎えに来た神野君とでくわしたの、ほら。」

少し鼻先の出たスカイラインをあごでさしてそのまま一気に言うた。

「あんたが遅くなったから、帰って来るまで一緒に待っててんやんか。
それとも何?
でかけまーすって、神野君をココに一人置き去りにすんの?
あんたが約束破って遅くなってんねんで?」

「そっか、ははは。ごめん・・・そんなに怒るなよ。」

「そっちが先に怒ってんやん。」

「いないはずなのにお前がいたからビックリしたんだよ。
あー・・・神野も。わりぃ、間男かと思った。」

「マオトコ?何スか、それ?」

「ち・・・・若ぶりやがって。
でもこんなところで立ち話してんなよ。誤解されるぞ?」

「勝手に誤解して怒ってたんは自分やん。」

ちょっとやましい気持ちと、貴信のウワキを疑ってたんと
反対に自分が疑われて悔しい気持ちがないまぜになって
ウチはなんか熱でも出そうな気分やった。

「違うよ、世間体が悪いっつってんの。
ワイドショーにかぶれた暇人にヘンな噂立てられたら困るだろ?」

「そんな誤解するかなぁ?」

こんな子持ち主婦と、そう思いながら神野君を見る。

年はそんなに変わらんのにこの子には『若さ』があった。

「人の不幸は密の味って言うだろ。
きっかけがあれば、何でもおもしろおかしくオヒレつける人種はどこでもいるさ。」

「うん、ほんなら自分も約束遅れやんようにしぃやー。」

ホントは違う事が言いたかった。
でもうまく言葉になりそうもなくて、面倒になってやめた。

「うーい、神野。行くぞぉー。」

「なんであんたが催促すんですか。
すいません、なんかオレのせいで怒られちゃいましたね。」

「勝手に誤解してんやん、あの人。
神野君の方がとばっちりやんなぁ、ごめんな・・・・あ、これ。」

タンブラーを2つ、神野君の手に乗せた。

こっそりペアカップにしようとしてた自分のホンネに気がついて猛烈にはずかしくなってきた。

神野君を正視でけへん。

「じゃあ、気ぃつけて。
ウチも若くてぴちぴちの彼氏んとこ行くから。
あ、ウチの人の事、よろしくお願いします。」

それだけ言うてスカイラインに乗り込んだ。

さっさと行ってしまおう。

ウチ、ほんまのあほやわ、舞い上がって。

・・・ペアカップね。

あのタンブラー、大量生産されてしまえばいいのに。

と、15分くらい走ったところでメールが来た。

神野君からや。

『吉田のヤローは黒!オレはシャア専用。』やって。

こんなメールで喜ぶんは間違ってる。

自分に言い聞かせて、返信せずケータイを閉じた。







 
 























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